【事 案】 建築工事が不法な建物に邪魔されているとき、邪魔な部分を勝手に撤去できるか?  

【結 論】 撤去できる可能性がある。(最判S30.11.11)(岐地判S44.11.26)

 一般的に、刑事事件として処罰されるかどうかを判断するには、三段階のスクリーニングを経なければなりません。
 刑法の条文に欠かれている構成要件を満足している(構成要件該当性)か、違法性を無くしてしまう事情(違法性阻却事由)が無いか、犯罪行為をした者に責任を問える(責任阻却事由)かです。
 この三つを全て満足しなければ、刑事上処罰されません。例えば世間一般でよく取り沙汰される正当防衛は、二番目の違法性阻却事由がある場合で、その行為が緊急に必要なもので、かつ相当な範囲のものでなければなりません。

 本事案は自救行為にあたるかどうかが問題とされたものですが、原則として自救行為は禁止されています。それを安易に許してしまうと、仕返しがはびこって法治国家ではなくなってしまうからです。また自救行為は正当防衛に似ていますが条文はありませんので、これを正当業務行為だと主張したり、超法規的に違法性が無いと主張されたりもします。自救行為は、正当防衛のように事前に被害者の救済を図るものではありませんが、違法性を否定するという点で正当防衛と似ています。

 さて昭和30年のケースですが、店舗を増築しようとしたところ、隣家の玄関がこちら側に突き出している不法建築であった。
 そこで隣家に無断で幅約2.5m、奥行き30cmほど切除した行為が建造物損壊罪に問われたものです。
 切除した側は、損壊行為は軽微なものにすぎず、店舗増築は経営危機を打開するために遅延できない工事だったと主張しました。
 しかし裁判所は、たとえ隣家が建築許可を受けない不法なもので、店舗増築側の受ける損害は甚大であったとしても、切除したのは自救行為として違法性を阻却されるものではないとして建造物損壊罪を成立させました。

 昭和44年のケースは、昭和30年と同様に隣家建物の庇(ひさし)が不法に境界線を越えいるので、四階建てビル建築の支障となった。そこで、屋根を支えている垂木25本の先端を10㎝切り取ったため、建造物損壊罪に問われたものです。
 被告人側は、切り取った後も雨にあたることのないようシートで覆うなどの適切な処置を施したことや、切除の程度は建造物の実質を害していないから、そもそも損壊にあたらないと主張しました。
 これに対し裁判所は、切除が建造物本来の効用に重大な影響を与えないものであっても、建造物の損壊にあたるとしました。

 つまり、昭和44年のケースでは、まずは建造物損壊罪の構成要件には該当するとしたわけです。
 しかしビルの建築工事をはじめるにあたっての説明で、隣家所有者は切り取る措置に一応同意したこと。隣家はビル工事が地盤沈下や騒音などを生じると文句をつけ、生コン打設のタイミングを見計らって建築工事中止の仮処分を申請したため、最悪の場合生コンが固まって莫大な損害が生じる可能性があったなどの特別な事情がありました。
 そして最終的には、これら被告人の事情が考慮され、不法かつ緊急な侵害から事故の権利を守るためになした行為であって、その目的や手段からみても相当であり、自救行為として社会正義上許されると裁判所は判断しました。

 前者では建造物損壊罪が成立し、後者は違法性が阻却されて無罪となった点が違います。
 いずれも相手側の最終的な同意を得ずに切除された事案ですが、この違いはどこにあったのでしょう。後者は一応切除の可能性を説明して、事前に承諾を得ていること。さらに生コン打設という建築工事上重大なタイミングで、工事停止の仮処分を防御するためやむなく隣家のひさしを切除したことを考慮する必要があります。
 他にも、いわゆる言いがかり的なことをされていたなどもあり、後者のほうが救済すべき利益が大きかったと言えます。

 自救行為については、賃借人に無断で部屋の鍵を取り換えてしまったもの消費者問題【生活012】や、盗まれた物を取り返す行為などがあります。自救行為が処罰されるケースは事情によって様々ですが、いずれにしても自分でやってしまうのは対応の必要性、緊急性、行為の相当性などがなければ、なかなか認められません。
 その意味で刑事のみならず民事事件においても、不法行為に対して自分の正当性を主張する場合には、事前にとっておくべき措置を十分に検討し、なすべきことをしておく必要があると言えます。

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