法律を学んでいると、時効に関する諸問題はかなりよく出てきます。しかし実務であまりお目にかからない感じがするのは、それだけ実務では時効について注意している証左かもしれません。
とくに消滅時効で問題となるのが、時効の中断と言われる制度です。
たとえば借金は通常10年で消滅時効にかかり、債権者に消滅時効になりましたと通知(援用)すれば借金は消滅します。しかし時効完成前に債権者から請求されたり、差押え、仮差押え処分又は仮処分があったとき。債務者が一部弁済したり、弁済の猶予を求める承認にあたる行為をしてしまうと時効は中断して振り出しに戻ります。
借金の一部弁済をしてしまうと、これは債務があることを認めた(承認)ことになりますから、時効は中断しさらにそこから10年経たないと、債務者は消滅時効を主張できなくなるのが民法の原則です。
さらに問題となるのは、10年経って消滅時効が完成したあとで、借金の一部を弁済してしまったり、弁済を待ってくれと言ったらどうなるか。
かつて最高裁は、債務者が一部弁済してしまった以上、時効の完成を知った上でしたものと推定して消滅時効の主張を許しませんでした。しかし、実際に知らないで一部弁済したのに、消滅時効の完成を知ってやったものと推定するのはおかしい。
そこで最高裁は判例を変更しました。すなわち消滅時効完成後に債務者が一部弁済すれば、債権者としては、もはや債務者には時効を援用する気は無くなったと信頼する。だからそのあと債務者が消滅時効を援用するのは、債権者の信頼を裏切るものであり、信義則上消滅時効の援用はできないと理由づけを変えたのです(最判S41.4.20)。
消滅時効完成後に、債務者自らが借金があると認めるような行為をしたら、その行為以降は消滅時効を援用できない。この結論は同じですが、その理由が時効完成を知ってやったと推定されるからか、信義則によりできないのかという点が違います。
では、どのような場合であっても債務の承認にあたるような行為をしたら、もはや消滅時効の援用は許されないのでしょうか。
本事案は、最終弁済の日から10年が経過した約6万円の借金について、債権者は債務者にほぼ同額の残高証明書を送りつけ、電話でそれが残金全額でありそれ以外には債務は一切残っていないと説明した。
債務者は地方に住んでいたので、東京に行く手間と経費などを考えると弁済してしまった方が良いと判断して証明書に記載された金額を払った。ところが債権者はその数万円は中間金であって、さらに損害金約33万円が未払いであると主張しました。
これに対して裁判所は、債権者の言動は、債務者に東京に行く手間と経費を考慮すれば数万円を支払った方が良いと誤信させたものである。時効完成後に、欺瞞的方法を用いて債務者に一部弁済をさせた場合にまで、債権者の信頼を保護し、債務者の消滅時効援用権を喪失すると解すべきいわれはないとの理由で、消滅時効の援用を認めました。
このような欺瞞的方法による場合のほか、畏怖を生じさせる威圧的な方法、一部弁済の額が極めてわずかだった場合など、消滅時効の援用が認められる可能性があります。
信義則を使うときには具体的に何があったか、事情背景が総合的に判断がされます。債権者からの請求が不当な行為にあたるときは、なお消滅時効援用が主張できる可能性がありますので、借金が消滅時効にかかっていそうなときには債権者の態度も視野に入れて対処すべきと考えます。
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