平成23(2011)年3月11日に発生した東日本大地震では、東京都内でも震度5強の揺れを記録したためだいぶ被害がありました。建物倒壊までは至らなくともエレベーター停止、壁の亀裂、天井の照明器具落下、室内の食器棚や書架が倒れるといった被害は、あちこちであったと思われます。
本事案は、マンションの上階の部屋で電気温水器の配管に亀裂が生じ、下の階にある部屋が水浸しになったものです。水漏れ事故は、下階の電気配線や壁紙、部屋の中にある布団や書物にまで及びますので、額が相当大きくなります。水漏れ事故については、当サイトの不動産関係【生活002】も併せて御参照ください。
問題となったマンションは昭和57(1982)年6月に竣工したもので、昭和56年に大改正された新耐震設計法に準じているかどうかは微妙なところです。ただし、裁判で問題となったのはマンション本体そのものではなく、電気温水器の配管のひび割れだったところがポイントです。
すなわち、同型の温水器はマンション全体に設置されているが、3.11の地震で壊れた配管は特定の一室のものだけであり、他の部屋では何ともなかった。地震が起きる4年前の定期点検で、排水管の劣化がある程度確認されていた。よって配管亀裂の事故は3.11の地震の影響というより温水器そのものの瑕疵であるから、地震に限って保険金を払わなくてもよいとする免責条項は適用されるべきではない。
さらに地震は免責条項として記載されていたとしても、地震が頻発する日本において、戦争、噴火、津波、放射能汚染などと同列に取り扱うのはおかしいので、保険金を払ってほしいと被害者は主張しました。
原審である東京地裁はこれらの主張を認め、保険会社に約120万円の保険金支払いを命じました。
これに対して保険会社は、3.11の地震の揺れによって排水管に亀裂が生じたのだから、亀裂発生と地震との間には相当因果関係がある。したがって、配管の瑕疵と地震が競合して水漏れ事故が発生したとしても、地震免責条項が適用されるから保険金は払えないと主張しました。
ちなみに相当因果関係とは原因と結果の関係をいい、当事者間の公平の観点からみて、ある原因によって結果が発生したといえるときには相当因果関係が認められ、損害賠償が肯定されます。無限に損害賠償の範囲が広がるのを限定する必要から、損害賠償請求の判断にはよく使われます。
地裁の判断とは逆に、高等裁判所は保険会社の主張を認めて保険金は払わなくてもよいとしました。
すなわち、本事案で問題となった個人賠償責任総合補償特約の約款では、地震もしくは噴火またはこれらによる津波と規定しているのみで、地震の意義や範囲については限定しておらず、地震と相当因果関係にある損害であれば免責条項の対象となる。事故発生地点での個別具体的な揺れの程度、建物の耐震性を考慮するとなると、事実認定をめぐる争いが多発し、保険実務上の混乱を招きかねない。地裁の理論でいくと、震源地に近く被害が大きい地域では保険金の支払いを受けられないのに対し、遠く被害が小さい地域で支払が受けられることになり得るのは公平を欠く(このくだりは面白い部分です)とも判示しました。
結論として、自然現象としての地震と相当因果関係がある損害はすべて免責条項の対象になるので、保険金は支払わなくともよいとして、地裁の判決をひっくり返しました。
いずれの主張ももっとですが、建物の設備に不具合を発見したのであれば、やはりその時点で適切な処置をしておくべきだった。また、保険は広く保険料を集め被害者に集中して支払う、大数の法則というルールで保険料が決められているのですから、地震への備えをするのであれば地震保険によるべきと考えます。地震保険に入るとなると建物の状態で具体的な保険料は異なりますから、保険会社等に問い合わせる必要がありますが、住居なら家計地震保険、事業用であれば地震拡張担保特約などを使って備えるべきということかと思われます。
ただし、地震保険は一般の家財保険よりちょっとお高いようです。