自分の名を使われて自分の物を勝手に売られてしまった。代金を受領したあとでも、売られた物を返せと言えるかという問題です。このような一見単純に見える事案でも、法律に携わっている者はいくつかの点を検討しなければなりません。
第一に、売った人間が未成年者だったとすれば契約を取り消すことができますから、絵を返せと言えます。
第二に、仮にいくらで売ってくれと子に頼んでいて、子がその値段で売ったのであれば子は単なる使いの者(使者)です。売ったのが使者だったときは原則として返せと言えません。本事案では、子はあなたの名でしかも売ることを自分で決めたのですから、これは使者ではなく代理の問題となります。
第三に、代理の問題だと、実際は頼んでもいないのに勝手にあなたの名を使って売ったのですから、これは無権代理と呼ばれ、原則として売買は無効です。なお、無効と取消しは別の制度で、どんなときに無効になり、どんなときに取り消せるかは法律で決まっています。無効はいつでも、誰でも主張できるのが特徴です。
第四に、物の売り買いなら、買い主が売り手の所有物であると信じ、そう信じることに過失がなかったときは、買った時点で買い主の所有物になります(即時取得)。ただ即時取得は無権代理には適用されませんから、本事案のようなときは即時取得の問題にはなりません。
第五に、代金を受け取って一定期間放置しておいたのですから、あなたは絵を売ったことを後で認めた(追認した)ことにならないか。その場合、買主は追認があったから絵は返さないと主張できます。
第六に、詐欺、強迫、未成年者の行為などは後で追認しなければ取り消すことができますが、いくつかの行為については法律上追認したものと見なされています。例えば、一部又は全部の履行があったとき、履行の請求、強制執行されたときなどです。これらがあると、もはや取消しはできませんから絵を返せとは言えません。
以上ずいぶん長くなりましたが、本事案は代理権を与えていなくとも代金を受け取って放置していますから、あとで所有者自ら売買を認めた(追認した)ことになって、絵を返せと言えないのではないかというのがポイントです。
ちょっと専門的な言い回しをすれば、無権代理に法定追認は類推適用されるかという問題です。
不動産売買の事案ですが、判例は法定追認は無権代理には類推適用されないとしています。代金を受け取って放置しておいたとしても、名前を勝手に使われたときには返せと言えるのです。
裁判所がこのような判断をした理由は定かではありませんが、無効とははじめから効力が無いことを言い、詐欺や強迫など取消しできる行為は、取消しがなされるまでは一応有効として扱われる点で違います。また、法律で決められている追認(法定追認)は、一定の行為をもって無効か取消しかを外形的に決めてしまおうという決まりですから、そもそも無効な行為にこれを適用するのは、あまりにも酷だという価値判断があるものと思われます。
つまり、そもそも無効な行為は瑕疵ある行為ではないので、治癒されて有効にはならないということです。ただし絵の代金が振り込まれた後で、相手から連絡があって入金を確認して下さいとか領収書が欲しいと言われ、それに応じた場合などは全く別の結論になる可能性がありますのでご注意ください。
自分が預かり知らぬところで、自分の名前をつかってなされたときには、後で明らかにそれを認める意思表示をしなければ、無効を主張できるというのが結論です。代理権には、本人がそれらしく振る舞ってしまった表見代理や、代理人が与えられた権限を超えた行為など他にも色々と難問がありますが、本事案はわりと身近で起こりがちな例なので取り上げてみました。
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