健康増進法では公共施設をはじめ、事務所でも受動喫煙の防止に努めることとされています。
これと労働安全衛生法のいう安全衛生の水準向上。また労働契約法における労働者の生命、身体の安全確保についての規定などから中小零細な企業の事務所でも、分煙や禁煙措置が講じられているところが多くなっているようです。
この事案では、中小零細な保険代理店に就職を希望して試用されることになったが、事務所内でのヘビースモーカー社長の喫煙により体調を崩したと従業員が主張したもの。主な症状として動悸、咳、不眠、頭痛、めまい、吐き気などがあったので、体調回復と病気の診断のため1ヶ月間休職することとなった。
ところが、休職期間中に従業員と社長との間で、診断報告はじめ意思疎通がうまくいかなくなって採用を拒否された。さらに従業員は社長に対してベランダでの喫煙や社内での分煙等を求めたのに対し、一応社長は応じたが約束を守らないことが多かった。
そこで従業員は、採用拒否による解雇は無効だとして地位確認と未払い賃金を請求しました。併せて事務所内で受動喫煙防止策をしなかったのは、雇用者の安全配慮義務違反にあたるとして損害賠償を請求したものです。
まず解雇が無効かどうかについては、試用期間は労働者の調査や観察し最終的決定をするための解約権の留保つき契約ではあるが、解雇権濫用法理からみて、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ、解約権の行使が許されると裁判所は判断しました。
したがって、試用期間とはいえ会社の就業規則で定める解雇事由に相当するかどうかの問題となりました。本事案の状況からみて被用者の資質・能力が著しく劣っているとするのは社会通念上相当とはいえないとして解雇は無効とし、再就職するまでの未払い賃金請求が認められました。
一方、事務所内での受動喫煙防止策については、使用者は自らが使用する労働者に対して、事務所の状況等に応じて一定の範囲内で、受動喫煙の危険性から労働者の生命及び健康を保護するよう配慮すべき義務を負っている。
しかし、直ちに使用者に対する分煙又は禁煙の実施を請求し得る権利が発生するものとは解されず、仮にそのような権利の発生が認められる余地があるとしても、労働者の生命ないし健康に対して重大な被害を及ぼす具体的かつ高度な危険性を有している場合に限られる、として分煙請求を棄却しました。
この一連の流れをみると、たしかに大元の原因は社長の喫煙にあったのでしょうが、結局は受動喫煙の被害というよりも、喫煙に端を発して社長が当該従業員を疎ましいと思うようになり拙速な処分をしたこと。一方の従業員も、病院の検査結果取得にあたって会社に不誠実な対応をしていたことなどが挙げられ、むしろ良好な人間関係を損なってしまったことが原因と思われます。
喫煙については、他にも公園内での喫煙禁止を求めて棄却された事案(東地H22.9.10)、タクシー乗務員の受動喫煙による健康被害につき、使用者は乗務員から体調変化等の明確な告知があったにもかかわらず放置したなどの事情がなければ、安全配慮義務違反を理由に損害賠償責任を負わないとされた事案(横地小支H18.5.9)などがあります。
喫煙の自由には憲法13条の保障が及ぶとされるのが通説ですが、一方で嫌煙権や労働環境などを尊重する必要があり、また社会一般の趨勢にも十分注意をはらって、大きな問題とならないようすべきことかと考えます。