譴責(けんせき)処分とは、懲戒には至らないが不問に付せない程度の問題を従業員が起こしたとき、その行為の責任を確認して将来を戒めることをいいます。戒告や厳重注意、口頭注意などより若干重い罰則といえます。
一方懲戒処分とは、就業規則に違背する重大な違反や怠慢・非行などに対する処分で、解雇、出勤停止、格下げ、減給などがあります。社内規則によっては懲戒に譴責を含むケースもありますから、譴責は懲戒に入るか入らないかあたりの罰則といえます。
本事案は、前に働いていた会社で懲戒解雇されたことを経歴書に書かなかった従業員がいた。この経歴詐称が終業規則に反するとして、会社から譴責処分を受け社内報にも掲載されたので、プライバシーが侵害されたと従業員が主張したものです。
まず問題となったのは、経歴詐称で懲戒処分されるのは妥当かという点です。
企業は、従業員を雇うにあたってその資質や労働力を評価する必要がありますので、ウソの経歴が原因で本来選定すべきでない者を採用してしまうとすれば問題です。したがって、経歴詐称をすれば重要な事実を偽ったとして、懲戒のなかでも最も重い解雇されても文句はいえません。
では本来重く懲戒されるべきところをお叱り程度、すなわち譴責とすることに問題があるのでしょうか。従業員の立場からすれば、より軽い罰で済んだのですから喜ぶべきとも思われます。
この譴責処分を、裁判所は無効と判断しました。
すなわち、本来懲戒処分にすべきところを譴責とすることは、懲戒規定の文理に反するばかりでなく、懲戒規定全体の趣旨にももとるとの理由で、就業規則の規定に違反した無効な処分だとしました。当該社内規則で懲戒処分が予定しているのは、原則として解雇、格下げ、減給、出勤停止であり、譴責はその範囲外にあるとの理由です。
そして、懲戒処分にすべきでない軽微な規則違反や改悛の情が顕著な場合には、せいぜい訓戒によって戒める途を選ぶべきである。同様に本来懲戒にあたる処分を、敢えて規定を曲げて譴責処分にすることは社内規則は予定していないとしています。
そうすると、譴責処分そのものが違法で無効ということになりますから、プライバシー問題を深く論ずるまでもなく、社内報への掲載も違法行為となってしまい慰謝料請求が認めらました。
裁判所の判断は少し難解ですが、分かりやすくいえば本来懲戒処分にすべき重大な就業規則違反なら、会社側の判断とはいえ恣意的に就業規則の原則を変えて運用することは、違法・無効で許されないということです。
ただこの事案でなぜ懲戒解雇に処すべき経歴詐称を譴責にしてしまったかといえば、労働組合側から当該処分を強く反対されたので、会社側が折れて譴責で済ませたという事情があったようです。しかしそのような事情があったにせよ、就業規則は会社と従業員の契約であり、公益的側面もありますので恣意的に運用されるべきではありません。
たとえば将来同じようなケースで懲戒処分をしたら、会社は就業規則を恣意的に運用していると言われても反論できません。
憲法解釈においても法内容と法適用の整合は重要テーマですが、法の恣意的な運用が法の趣旨、原則と適用、運用のミスマッチを引き起こすことがあります。例えば国民主権と外国人参政権、生存権と公的扶助、表現の自由と人格権などが最近問題となっています。
本事案では、原則と運用のバランスを失したため、懲戒と譴責の原則、解雇という重い処分と社内報への掲載という軽い処分の運用がミスマッチして、想定外のプライバシー侵害という結果をもたらしたと言えます。