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【事 案】 夫婦の片方がアルツハイマー病になってしまったとき、離婚できるか?

【結 論】 離婚請求できる場合がある。(長野地判H2.9.17)

 条文を読んでいて、違和感を感じることがたまにあります。
 このホームページでは事例を分かりやすくお伝えするため、難解な判決文や条文をそのまま生で引用することは控えて紹介していますが、違和感をお伝えすべく、条文をそのまま抜き書きしてみます。「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。(民法770条1項4号)」という規定です。
 同条1項各号には、配偶者の不貞、悪意での遺棄、生死が三年以上明らかでない、その他婚姻を継続し難い重大な事由が列挙されているのですが、4号の「強度の精神病」だけが突出している感が否めません。他にも、重度の身体的障害や隔離せざるを得ない肉体的疾患などもあるはずで、精神病だけを挙げているのはなぜか。
 たしかに、4号の趣旨は、婚姻生活における夫婦間の精神的交流を尊重するところにある。また病気の配偶者を看護するため、もう片方の配偶者が経済的窮乏をつのらせて、結局共倒れになってしまうことを防ぐというのは理解できますが、具体的にどんな事案があるのか興味をもった次第です。

 本事案は、1970年に結婚した妻が、結婚後10年ほどしてアルツハイマー病の症状を示すようになった。子はおらず近所に親族もいないため、発病後5年ほどは夫が働きながら全ての家事をし、妻の下の世話まで面倒をみてきた。しかし、わずかに夫の名前を覚えているほどにまで症状が悪化してしまった。本人が60歳未満のため、本来は特別養護老人ホームへの入所は認められないところ、近所の民生委員らが夫の様子を見かねて動き、老人ホームへの入居がかなったとの経緯です。
 夫がどれほど献身的に妻の看護をしたか、判決理由を読んで思わず涙してしまうほど深い夫婦の絆を思い知らされました。結局、老人ホームに入居してから約5年、結婚してから20年後に、妻の回復が全く見込めず、夫が多額ではないにせよ老人ホームの入居費用を払っていたことなどから、周囲の勧めもあって、妻の禁治産審判(現在の成年被後見人)と裁判上の離婚請求をしたものです。

 裁判所は、妻がアルツハイマー病に罹患し、長期間にわたって夫婦間の協力義務を全く果たせないでいたので、すでに婚姻関係は破綻していることが明らかであるとして離婚請求を認めました。もっとも、根拠にした条文は4号の精神病ではなく、5号のその他婚姻を継続し難い重大な事由としています。裁判所が5号にした理由を、精神鑑定が妻の禁治産宣告申立事件のためになされたもので、本事案のためにしたものではないからとしています。しかしこの判断は、当該夫婦の離婚原因を、4号の精神病にするのは偲びがたかったからだと思いたい。
 なお、夫を経済的精神的負担から解放するため離婚を認めるにしても、離婚された妻を放置するわけにはいきません。
 本事案では夫の資力が乏しく、妻に財産分与をさせたり扶養費を負担させることはできませんでしたが、夫は離婚後も若干の経済的援助や面会をする意思を示していました。アルツハイマーであっても離婚請求が認められた背景には、これら夫の思いと従前看護してきた事情があることを忘れてはいけないでしょう。

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