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【事 案】 酒を飲んで酩酊し、心神喪失状態で他人を殺傷したら罪に問われるか?

【結 論】 心神喪失となる多量の飲酒を、抑制又は制限する注意義務があるので罪に問われる。(最判S26.1.17)

 刑法では、精神の障害により事物の是非・善悪を弁別する能力が無かったり、それに従って行動する能力を欠く心神喪失のときは処罰されません。また、前記能力が著しく減退している心神耗弱のときには、刑が減軽されます(刑法39条)。
 したがって犯罪行為があったとき、それが犯罪となるには、犯罪行為をした時点で責任能力がなければなりません(行為と責任の同時存在の原則)。
 もともと重大な精神障害があれば責任能力は無いとされるでしょうが、では健常人が酒や薬物を飲んだために、犯罪行為時に心神喪失や心神耗弱だったら処罰されないのか、あるいは刑が減軽されるのかが刑法上の問題としてずいぶん争われてきました。

 本事案は、精神病の遺伝的素質が潜在する加害者が、昼前から飲食店で酒を飲み始め、午後2時ころまで多量に飲酒した後、店の従業員にちょっかいを出してすげなくされたため憤激し、そばにあった肉切包丁で従業員を突き刺して失血死させてしまったものです。
 原審の札幌高裁は、被告人には精神病の遺伝的素質があり、犯行時には多量の飲酒のため心神喪失状態だったとして無罪を言い渡しました。
 これに対して最高裁大法廷は、多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り、よって心神喪失の状態において他人に犯罪の害悪を及ぼす危険ある素質を有する者は、心身喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限する等、危険の発生を未然に防止するよう注意する義務がある。
 たとえ殺人の所為は被告人の心神喪失時の所為であったとしても、被告人にして既に己の素質を自覚していたものであり、且つ、事前の飲酒につき注意義務を怠ったがためであるとするならば、被告人は過失致死の罪責を免れ得ないものといわねばならないとして、過失致死罪を言い渡しました。

 最高裁の判断は、一般的に、原因において自由な行為の理論と言われています。例えば暴力団抗争において、相手組事務所に殴り込みをかける前に、勢いをつけるために覚醒剤を注射した。酒酔い運転時点では、酩酊した心神耗弱状態だったとしても、飲酒をはじめたときに車を運転する意思があった事案などがあります。
 たしかに犯罪行為があった時点だけを切り取って、心神喪失や心神耗弱だったとの理由で、処罰されなかったり刑が減軽されてしまうと、刑法の法益保護機能が害されるばかりか、一般国民からみて納得できる結論とは言えません。
 そこで、行為と責任は同時に存在しなければならないという原則を修正する必要があり、処罰するための理論として原因において自由な行為が研究されてきたということです。

 原因において自由の理論を、飲酒を例として挙げると、例えば飲酒をはじめた責任能力が十分あるときに、酩酊した自分を犯罪の道具として使おうと思っていたからだとする説。酩酊して特定の犯罪行為を行うというひとつの意思決定に、飲酒行為と犯罪行為が貫かれているから、全体を一個の行為と評価すべきだとする説。飲酒行為と犯罪行為を区別した上で、責任能力がある飲酒行為と犯罪行為の間に相当の因果関係や故意・過失の関係があれば処罰できるとする説などがあります。
 いずれの説にも、処罰の範囲が広がりすぎる、犯罪の実行の着手時期が早くなりすぎる、心神耗弱者には適用できなくなるなど長所短所がありますが、いずれの説も犯罪行為時に心身喪失や心神耗弱だったからといって、処罰は免れないという解釈です。

 最近は、飲酒のみならず危険ドラッグなどの違法薬物に関係する犯罪が増えていますが、たしかに犯罪行為時に意識がなかったからといって処罰されなかったり、刑が軽減されるのは一般国民の是とするところではありません。

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