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【事 案】 不動産二重譲渡のとき、通常損害は手付けで処理し、手付けを超えた損害は”特別の損害”とすべきか?

【結 論】 通常生ずべき損害であると特別の事情によって生じた損害であるとを問わず、損害賠償全額を請求できる。(最判H9.2.25)

 事案はシンプルなのですが、問題をどう提起すべきか難しかったので少し詳しく補足します。

 事案は土地を買う契約をして150万円の手付けを払ったものの、売主が他の第三者に土地を高く売って登記をしてしまった。いわゆる二重譲渡と言われる債務不履行問題で、世間では間々ある話です。
 登記された時点で債務不履行が確定しますから、買手は当然に売主から手付金分を倍返ししてもらい、さらに約2,200万円の損害賠償請求をしました。
 しかし契約書には次のように書かれていたため、これが特別の事情によって生じた損害とみるべきかどうかが問題となりました。
 「上記(手付け)以外に”特別の損害”を被った当事者の一方は、相手方に違約金又は損害賠償の支払いを求めることができる」

 この契約書は、社団法人である宅地建物取引業協会の定型書式を流用したもので、公益法人が作ったこともあり県内の不動産取引では広く使われていたとみられます。
 ただ”特別の損害”という言葉は、民法のどこを探しても見あたりません。損害賠償の範囲を定める条文416条2項は”特別の事情によって生じた損害”であり、”特別の損害”ではない。
 そこで特別の損害を、”特別の事情によって生じた損害”と読み替えてよいのかが問題となります。

 原審の高等裁判所は、通常生ずべき損害については、現実に生じた損害の額いかんにかかわらず、手付けの額をもって損害額ととする旨を定めたものであり、特別の事情によって生じた損額については、416条2項の規定に従って、その賠償を請求することができる旨を定めた約定と解すべきであると判示しました。
 すなわち、特別の損害を”特別の事情によって生じた損害”と同様にとらえて、手付けは通常の損害、手付けを超える損害は特別の損害で処理すべきと判断しました。

 たしかに、債務不履行を手付けの放棄や没収で処理してしまえば、手付けの意味が明確になるしスッキリした結論を導き出せます。さらに、通常の損害はその証明がなくとも相手に請求できる性質のものですから、これと手付けを結びつけて処理してしまうのも、分かりやすいという点であながち不合理ともいえません。

 これに対して最高裁は、通常生ずべき損害であると特別の事情によって生じた損害であるとを問わず、損害賠償全額を請求できるとして原審を破棄し、差し戻しました。
 損害の証明が不要な”通常の損害”も、”特別の事情”の予測が必要な損害も、手付けの有無に関わらず賠償請求できるということですが、そうすると手付けの意味はどうなるのでしょうか。

 手付けには大別して3つの意味があると言われます。契約の成立を証すること、手付けを放棄して契約解除ができること、違約しても損害賠償請求ができないことです。
 すなわち手付けには契約履行を促す意味と、契約解除を予定するという相互に矛盾した意味があり、高裁の判断は手付けは契約解除を予定したものであることを、最高裁の判断は契約履行を重視したと言えるのではないでしょうか。しかし高裁の判断を強調すると、例えば売主は手付け倍返しをしさえすれば二重譲渡をしてもかまわないことにもなりかねません。
 本事案は二重譲渡という債務不履行の問題ですが、背信的悪意がなければ民法上何ら罰則は科せられません。しかし二重譲渡のような重大な債務不履行を手付け倍返しだけで済ませてよいのか、手付けを債務不履行の方便としてよいのかとの価値判断が最高裁にあったのではと考えます。

 本事案では、契約書の正確さについても問題になります。損害賠償を学ぶとき416条2項の”特別の事情”については、かなりしつこくやりますので、契約書に”特別の損害”などとは間違っても標記しません。それが定型書式として流通していたことに驚きを覚えます。
 近ごろはネットや書籍から、比較的用意に色々な契約書式が入手できますが、その内容をじっくりと吟味しなければならないことを教えてくれる事案だといえましょう。

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